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お伽の国みたい!シンガポールのグッドウッド パークホテルにチェックイン♪

復活祭の休日も兼ねてステイケーションしたのはスコッツ通りに立つとんがり屋根が可愛らしいシンガポールの老舗ホテル、グッドウッドパークホテル。1900年に完成したThe Teutonia clubと言うドイツ人達の社交クラブとして建てられた建物。

シンガポールで最初の建築設計会社であるSwan &Maclarenがドイツのコミュニティーからスコッツ通りの小さな丘に20,000海峡$の費用でクラブ建設するように依頼され、ドイツのライン川沿いにあるお城風に造られたそうだ。依頼された1890年、19世紀のこの辺りは今とは全く違っていて、初期のスコッツ通りはマレーシア半島から流れて来たトラの出没地だったのだそう。この辺りは胡椒、ナツメグ、果物などの農園だったと言う事で、今のシンガポールのショッピング街がOrchard=果樹園で、オーチャード通りと名付けられたのはシンガポールに住んでいる人ならば一度は聞く話。

今のスコッツ通りは1830年代にウィリアム スコットにちなんで付けられた通り。彼はスコッツ通りとオーチャード通りの交差点にあったハリケーンと名の付いたコテージに住んでいたのだそう。1900年から1914年の間、クラブはファッショナブルで文化的及び社交的な集まりを多く開催。ドイツ人コミュニティーはテニスをしたり、ドイツの歌を歌ったり、バッハ、ベートヴェン、ヘンデルの音楽を楽しんでいたんだとか。1914年の第一次世界戦争勃発によりクラブは敵のイギリス財産管理人に引き継がれた。

戦後、クラブはイギリスのマナセ兄弟によって購入され、クラブはGoodwood hallと改名された。

1918年から1929年の間、このホールは結婚式や娯楽のためのレストランとレセプションホーとして利用され、1929年4月にマナセ兄弟はホールをホテルに改装してGood wood park hotelに変え、1930年代にはシンガポールで最も有名な物の一つになったそうで、ラッフルズホテルと同じく著名人たちに愛用されたホテルになった。

1942から1945年の第二次世界大戦中は日本人将校住居として使用され、生き残った二人のマナセ兄弟にホテルが最終的に返還されたのが1947年。時が経ち1968年にホテルは違う人へ売却。6ヘクタールの敷地に様々なウィングを追加し、1978年グランドタワーとその全体が元通り復元され、グランドタワーは1989年に国の記念物として設定されたのだそう。

現在レセプションなどロビーは裏側に設けられていて、昔のエントランスは使用出来ない様になっている。

正面のエントランスに飾ってあるのが古~いFIAT。

昔はこんな車がシンガポールを走っていたのね・・・・

ホテルの中から見るエントランスホール。

沢山のアーチとフレンチドアが素敵

2021年現在、Covit-19の関係でレストランの席の間隔を十分にとらないといけないので、ソファや椅子が外の廊下に出されていたりするけど、この廊下もアーチが連なり個人的にはツボな空間。

こちらが朝食会場になる。

裏にあるモダンな入口がレセプションカウンタのあるロビー

ビュフェスタイルのアフタヌーンティーが楽しめるサロンに、奥にはテラスとプール。

シンプルなプールは若干古さが目立つ。

プール周りの芝生にはベッドやテーブル&チェアーがあって、このプールの脇にあるお部屋がダイレクトアクセス出来る様になっている。

プールサイドでアフタヌーンティーへと続く・・・・

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