牛追い祭り1週間前のパンプローナの街を歩く2025
パンプローナの街が牛追い祭り(サン フェルミン祭)で有名で、そんなエキサイティングな祭りがある街を歩いて見たいと思ったのが立ち寄った理由だったのだけど、毎年7月6日〜7月14日の9日間にわたって開催され、メインイベントの牛追い(エンシエロ)は祭りの期間中(7月7日〜14日)の毎朝8時に開始とのことで、1週間もあったのね~。
私はてっきり1Dayイベントだと思っていたのでビックリ!

ヘミングウェイが愛した定宿のグラン ホテル ラ ペルラで午前中のアーリーチェックインが出来たので、さっそく街へ繰り出した。
アラゴン州のテルエルの街と比べたら断然に観光客が多い。でも祭りの期間中は観光客を含めると街全体で約100万人以上の人出になるそうだ。
パンプローナの街歩きはメルカデレス通りからスタート!坂の上に大聖堂の塔が見える。

辺りには土産物屋さん

パンプローナはてっきりバスク地方だと思っていた私、実際はナバーラ州とのことだけど、元々はバスクの一部だったのだそうだ。
だからバスクらしい赤いベレーにスカーフだと合点

クラシカルな薬局と思いきや、アクセサリーを扱っている店だった。

ショコラティエも祭り仕様のディスプレー

エスタフェタ通り。ここが牛追い祭りで一番有名な直線コース。
先導牛6頭(群れをまとめて誘導するための去勢牛)と闘牛(体重500〜600kgの雄牛)6頭が毎日一斉に放たれ、白いシャツと赤いスカーフの伝統衣装に身を包んだ参加者約数千人がココを駆け抜けるのだ。

そんな事頭の中で想像しただけで怖いね~~~と話し合いながら、まずはバルで一杯。

このエスタフェタ通りをまっすぐ行くと闘牛場だ

牛追い祭りのゴールはココPlaza de Toros。入り口が細くなっているから更に危険だ。

中には入れなさそうだったので、ぐるっと外観だけ

1922年7月開設したこの闘牛場はスペインで2番目に大きい闘牛場 (マドリード闘牛場に次ぐ) で、約20,000人の観客を収容できるのだそうだ。

闘牛場を過ぎると街の城壁に出くわした。

パンプローナ歴史をサラッと。冒頭でも書いたけれど、もともとはバスク人の居住地で、バスク語で「都市」を意味するイルーニャ(Iruña)と呼ばれていた街。

紀元前75年、ローマの将軍グナエウス・ポンペイウス・マグヌスがこの地に陣を敷き、自身の名にちなんで「ポンペロ(Pompelo)」と命名したことで、防衛・交易の要衝としての都市の歴史が始まったとのこと。

パンプローナの城壁は、主に古代ローマ時代(紀元前1世紀)から16〜18世紀にかけて、複数の時代にわたって建設・増改築され、ヨーロッパで最も保存状態の良い城壁群の一つ

この辺りに来るとツーリストもグッと減る


石造りの家が軒を連ねた界隈

さっきまで歩いていたエスタフェタ通りと同じ街とは思えないくらい違って、要塞都市の感じがヒシっとする



ぶらりと歩いていると又賑やかな場所に出た


パンプローナはサンチャゴコンポステーラの巡礼路の一つ

パンプローナの市役所。ここのバルコニーから打ち上げられるチュピナソ(Txupinazo)と呼ばれるロケット花火を合図に祭りが始まるのだそうだ。


市役所からサントドミンゴ通りを北上。

柵が設けられ、祭りの準備中。外れないないようにちゃんと溝に入れ込んでいるんだね

牛に突かれそうになったら?、避難する箇所が随所にあった。

そして、ここがお祭り期間中の牛たちの待機場所(Corrales de Santo Domingo)。

牛たちはここで夜を過ごし、翌朝8時の最初のロケット花火の合図とともに、闘牛場に向けて駆け出すのです。

ここちらの横に小さな博物館(Espacio SanfermIN! )しかも無料があって、牛追い祭りの様子が少しだけど見られる。

サントドミンゴ通りにはナバーラ博物館も

良く歩いたし、休憩でもしようとクラシカルなカフェ、ETXE ZURI HANDIA(エチェ・スリ・ハンディア)へ

El Panadero de Eugui(エル・パナデロ・デ・エギ)が展開するカフェだそうで、店内もどことなくノスタルジック。

「大きな白い家」を意味するバスク語が店名の由来で、1927年創業の家族経営のパン屋さん


アイスコーヒーを頼んだら、ミルクがいっぱいだった。スペインではアイスコーヒーの文化はないのかな?

サンフランシスコ広場(Plaza de San Francisco)にあった素敵な建物

街中、スペイン語とバスク語表記を良く見かけた。
一度ホテルへ戻ってから、パンプローナの街歩きはまだ続く・・・・







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