ロードス島で聖ヨハネ騎士団の世界に触れる

ロドス島に着いたのは空が白み始めた早朝だった。

ホテルにスーツケースを預け、旧市街へと向かう途中でスレイマンモスクと時計台のシルエットが見えた・・・朝早くとも、心踊る

アンポワーズ門を抜け、VC(イポトン=ギリシャ語で騎士)へ
街灯がまだ灯されていて誰もいない通りをネコが横切った・・・

イポトン通りの建物の上にはその国の紋章が残っていた(修復された物だろうけど)

イギリス・フランス・ドイツ・スペイン・イタリア・プロヴァンス・オーヴェルニュの7つの違う言語の騎士団の館が並んでいる

朝・昼・晩とこの辺りを歩いたけど、いつも静かだった・・・

青空に映える館は美しい

聖ヨハネ騎士団の歴代の団長が暮らした場所

第1次世界大戦後にロドス島を支配したイタリア人が修復し、ムッソリーニが別荘として使った事もあるのだそう・・・

この辺りを騎士達が行き交ったと思うと感慨深い・・・

騎士・騎士の従者・医師の3段階に分かれて組織されていた聖ヨハネ騎士団

床のモザイクは美しいものばかり、

建物の中ではどんな会話がなされたのだろう???

今考古学博物館になっている建物は1440年~1489年にかけて騎士団によって建てられた病院。

ここにも床のモザイクが残っている

裏庭にはトルコ式の家が建っていた

エルサレムで巡礼者の看護の為に建てられた聖ヨハネ病院の維持・発展がはじまりだった団体は
イスラム軍に追われ、キプロス→ロドス島へ、そしてここで支配するまでになる。

慈善目的として発足した団体は第1次十字軍の頃になると軍事的な宗教騎士団になった。

その後又オスマントルコに追われ、僅かに残った180人の騎士団は放浪し結局マルタ島に流れ着き、
ナポレオンが占領するまでイスラム軍と戦った。
1798年マルタ島を追われた後も『国土なき国家』として騎士団は残っているのだそう。

ロドス島の旧市街、中世の街並は、ほとんどが騎士団が残していったもの。
私達は街を後にする時も来た時と同じようにイポトン通りを通った。
来た時同様、帰りもネコに出合った。なんだか、ふっと笑顔になった・・・・

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